2006年 05月 12日
土下座外交 |
12日に急遽開かれた県議会企画建設委。イージス艦問題を県港湾海洋局から報告を受けるためのものだったのだが、審議でもっとも時間が割かれたのは、県議会の非核港湾決議を具体化する論議でも県民の安全に関わることでもなかった。
大半の委員はただ一言「今まで議会に話がなかったのは議会軽視。けしからん!」。特にY城、H川の自民の長老は気色ばんで「報告が遅れたことを謝れ!」と報道の先行を局長に食ってかかった。そんなことしか言うことないわけ?
局長は、「初めてのことでもあり、県議会の非核決議に応えるために米側の返答を待ってから報告しようと思っていた」と述べた。この局長はテンクロウで、今回の対応も自分としては評価していないのだが、この問題に限って言えば同情する。連休もあったし報道対応に追われ、アメリカもコロコロ予定変えるし、てんやわんやだったことは容易に想像できる。報道が先というが、別に県が会見をしたわけでもなく、取材を受ければ隠すわけにもいかない。勝手にメディアが書くことで叱られても県も困るだろう。別に委員会を開かなくても問い合わせればきちんと答えるわけで、電話一本かければすむことだ。なんでもかんでも「議会軽視」は○○のひとつ覚え。
局長は遠目からはブチ切れ寸前に見えたが、謝らないと終わらないので、「報告が遅れて申し訳ない。反省している」と繰り返し言わされた。自民長老は、いつものことだが、執行部にワビを入れさせること自体が目的なので、謝ると機嫌を直すというか、予定の着地点に降りる。「まあそういうことなら・・・・」。俺のほうが偉いのだという誇示、ゴリラのマウンティング。
あげくにY本自民幹事長は、文書回答を求める県に対して、「外務省がないと言ってるのだから、別に文書にこだわらなくてもいいではないか。事を荒だたてることはない」と言ってのけた。親善とは、対等な関係があって成り立つのではないか。高知県には高知県の事情があり、非核の文書を出してほしいと再三言っているのに、80万県民の意思を無視られドタキャンされて、何の歓迎か?まるで幕末のペリーと幕府。土下座とはこのことである。保守には骨のある攘夷派はいないのか?
なぜアメリカは文書を出さないのか。答えは簡単だ。ご主人様とポチの関係の確認である。主人はポチに命令されることは許さない。「主人は俺だ」と。
大半の委員はただ一言「今まで議会に話がなかったのは議会軽視。けしからん!」。特にY城、H川の自民の長老は気色ばんで「報告が遅れたことを謝れ!」と報道の先行を局長に食ってかかった。そんなことしか言うことないわけ?
局長は、「初めてのことでもあり、県議会の非核決議に応えるために米側の返答を待ってから報告しようと思っていた」と述べた。この局長はテンクロウで、今回の対応も自分としては評価していないのだが、この問題に限って言えば同情する。連休もあったし報道対応に追われ、アメリカもコロコロ予定変えるし、てんやわんやだったことは容易に想像できる。報道が先というが、別に県が会見をしたわけでもなく、取材を受ければ隠すわけにもいかない。勝手にメディアが書くことで叱られても県も困るだろう。別に委員会を開かなくても問い合わせればきちんと答えるわけで、電話一本かければすむことだ。なんでもかんでも「議会軽視」は○○のひとつ覚え。
局長は遠目からはブチ切れ寸前に見えたが、謝らないと終わらないので、「報告が遅れて申し訳ない。反省している」と繰り返し言わされた。自民長老は、いつものことだが、執行部にワビを入れさせること自体が目的なので、謝ると機嫌を直すというか、予定の着地点に降りる。「まあそういうことなら・・・・」。俺のほうが偉いのだという誇示、ゴリラのマウンティング。
あげくにY本自民幹事長は、文書回答を求める県に対して、「外務省がないと言ってるのだから、別に文書にこだわらなくてもいいではないか。事を荒だたてることはない」と言ってのけた。親善とは、対等な関係があって成り立つのではないか。高知県には高知県の事情があり、非核の文書を出してほしいと再三言っているのに、80万県民の意思を無視られドタキャンされて、何の歓迎か?まるで幕末のペリーと幕府。土下座とはこのことである。保守には骨のある攘夷派はいないのか?
なぜアメリカは文書を出さないのか。答えは簡単だ。ご主人様とポチの関係の確認である。主人はポチに命令されることは許さない。「主人は俺だ」と。
by tosahiro-k
| 2006-05-12 21:58
| 取材こぼれ話