2008年 12月 11日
「同和地区出身者」 |
和歌山の高校入試で、中学側が内申書に「同和地区出身者」である旨の記載をしていたという報道があったが、解同の間の抜けたコメントを載せるだけで、これの何が問題なのかがずれているように思った。
何を持って「地区出身者」というのかが、まったくでたらめで恣意的であるということはここではさておき、問題の核心は「地区出身者」に下駄をはかせる、一種の不正入試のすすめのようなことが平然とまかりとおるその感覚だ。
神奈川の高校で、ピアス跡があればこっそり見つけて合格ラインでも落としていたのと、地区出身者であれば不合格ラインでも通すというのと、どちらも同じだろう。
家庭の経済力と生徒の学力が比例するのは間違いなく事実である。旧地区内に大量に公営住宅が集中するなど長年の同和行政によって、今でも旧地区内に所得の低い階層が相対的に多い傾向があるのは、高知市だけでなく、おそらく全国的にそうだと思う。故に教育の困難も旧地区内に相対的に多いということが考えられる。が、それは貧困による課題であって、先祖がどこの誰であるのかでもたらされているわけではない。旧地区内であっても、外であっても貧困による課題は同様にある。
にもかかわらず、同じように貧困を抱えていても、地区出身者には下駄をはかす。これを差別といわずしてなんというのだろうか。
中学校がどうやってその子供が「地区出身者」であるかどうかを把握したのかというのも大問題である。多くの地域では「属地属人主義」なので、住所だけで判明することはできず(よそからの転入者は出身者にカウントしない)、親は昔からこの地区におってどうのこうのという、細かい身元調査をしなければ分からない。おそらくは小学校からの引継ぎがあって、小学校は「同和児童館」や隣保館から情報をもらっているはずだ。校内に事実上の「部落民名簿」があり、それが引き継がれていく。プライバシーの侵害もはなはだしい。
この問題はこういう観点からみてほしいと思った。
何を持って「地区出身者」というのかが、まったくでたらめで恣意的であるということはここではさておき、問題の核心は「地区出身者」に下駄をはかせる、一種の不正入試のすすめのようなことが平然とまかりとおるその感覚だ。
神奈川の高校で、ピアス跡があればこっそり見つけて合格ラインでも落としていたのと、地区出身者であれば不合格ラインでも通すというのと、どちらも同じだろう。
家庭の経済力と生徒の学力が比例するのは間違いなく事実である。旧地区内に大量に公営住宅が集中するなど長年の同和行政によって、今でも旧地区内に所得の低い階層が相対的に多い傾向があるのは、高知市だけでなく、おそらく全国的にそうだと思う。故に教育の困難も旧地区内に相対的に多いということが考えられる。が、それは貧困による課題であって、先祖がどこの誰であるのかでもたらされているわけではない。旧地区内であっても、外であっても貧困による課題は同様にある。
にもかかわらず、同じように貧困を抱えていても、地区出身者には下駄をはかす。これを差別といわずしてなんというのだろうか。
中学校がどうやってその子供が「地区出身者」であるかどうかを把握したのかというのも大問題である。多くの地域では「属地属人主義」なので、住所だけで判明することはできず(よそからの転入者は出身者にカウントしない)、親は昔からこの地区におってどうのこうのという、細かい身元調査をしなければ分からない。おそらくは小学校からの引継ぎがあって、小学校は「同和児童館」や隣保館から情報をもらっているはずだ。校内に事実上の「部落民名簿」があり、それが引き継がれていく。プライバシーの侵害もはなはだしい。
この問題はこういう観点からみてほしいと思った。
by tosahiro-k
| 2008-12-11 10:14
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